大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)245号 判決

判決理由

よって按ずるに、原判決が前記公訴事実につき、被告人が進行していた道路(甲道路)は関谷が進行していた道路(乙道路)に優先して進行し得る道路であることが明らかであるから、被告人が直進するに際し、交差点の左右見透しが困難であったとしても、交差点毎に徐行しなければならないとは認め難い、かかる道路において被告人に対し通行規制を無視して暴走する車輛に対してまで注意して安全措置を講ずることを期待することは一般常人の注意義務を超えるものといわなければならない。本件事故は乙道路を進行した関谷の不注意に帰すべきものであって、被告人の所為に過失はないと認めるのを相当とするという理由によって、被告人に無罪を宣告したことは原判決記載のとおりである。

しかしながら、原審及び当審における検証調書の記載によれば、被告人の当時進行していた甲道路と乙道路の交錯する問題の交差点は、交通整理の行われていない交差点であり、被告人の進路よりする左右の見とおしがきかないことが認められるから、道路交通法第四十二条の定めるところにより、被告人としては徐行しなければならないことは明らかであるといわなければならない。しかるに、被告人の司法巡査に対する供述調書、同検察官に対する供述調書、関谷春男の検察官に対する供述調書の記載によると、被告人のこの交差点進入時の速度は、少くとも時速三十八粁位であったと認められるのみならず、当審における鑑定人大久保柔彦の鑑定の結果によっても、それは約四十粁であったと推定されるから、道路交通法第二条に定められている「徐行とは車両等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。」とある趣旨に適合しないものであるし、且つ、被告人も検察官に対し「一時標識のあることを知っていたので徐行をしなかった」と述べている位であるから、被告人が徐行をしなかったことは明らかであるといわなければならない。

一方、関谷春男が進行して来た乙道路には、交差点において一時停止の標識があることは、原判決も認めるとおりであるが、右道路交通法第四十二条において交差点の徐行義務を定めたのは、交通整理の行われていない、左右の見とおしのきかない交差点においては、出会頭の衝突事故なども多いから、たとえ進行方向と交わる左右の道路に、交差点における一時停止の標識が存在する場合でも、矢張り徐行義務を免除すべきではないという趣旨と解すべきであり、それは車輛だけではなく歩行者を対象とする規定であると解すべきこともまた明らかである。そこで、本件においては被告人が徐行をしなかったことが原因となって本件事故が起ったと認められれば、被告人に業務上過失の責任が生ずるというべきことになるわけであるが、原判決は甲道路は乙道路に比し幅員が広く、甲道路の車両は乙道路の車両に優先して進行し得るのであるから、交差点の左右見とおしが困難であっても、被告人には徐行義務がないとしているのであるが、この点もまた右道路交通法第四十二条の法意にもとるものであるといわなければならず、本件においては甲道路の幅員七・三米、乙道路の幅員五米と道路に広狭の差があることは事実であるが、それによって交差点における徐行の義務を免除するものでない理由は、やはり前段認定の乙道路に一時停止の標識があっても被告人の徐行義務を免除すべきではない場合のそれと同断であるというべきである。

而して、記録並びに当審における事実取調の結果によれば、本件においては被告人が本件交差点において徐行をせず、左方道路より交差点に入ろうとする関谷春男運転の自動車の光芒を認めながら、時速少くとも三十八粁という速度で交差点を突破しようとした過失と、関谷春男が自分の進行路上に一時停止の標識があるのを無視し、停止しないで時速十五ないし二十粁の速度で右折のため交差点に進入した過失とが競合して事故が発生したものと認むべきで、被告人も関谷も共に業務上過失傷害の罪責を負うべきであり、若し被告人が二十粁程度の速度で徐行をしていたならば、相手方の光芒を認めたときに直ちに停止の措置をとることにより、僅々十米以内で停車することができ衝突を回避し得たと認むべく、仮に衝突を回避し得なかったとしても、人身事故には至らないですんだであろうと認められるのであり、ひっきょう、本件事故の原因にはやはり被告人の徐行をしなかったことを数えるべきであるといわなければならない。固より被告人の過失の程度、態様は関谷のそれに比し軽いということは断言できるし、その故に関谷に対しては既に罰金二万円の刑が確定しているのに対し、検察官は被告人に対し原審において罰金七千円の求刑をするに止め、両者の罪責に軽重の差のあることを明らかにしていると観察される次第であるが、当裁判所としても被告人に全然事故の罪責を問わないというのは相当ではないと認めるのである。

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